受験校を親が決めた結果ー後悔する親と引きずる子供

中学受験、高校受験、大学受験と、受験は人生の大きな分岐点でもあります。

親にできることは、情報収集とアドバイスをすることです。

子供が受ける受験校を子供の意思を無視して勝手に決めてはいけません。

ましてや、子供が決めた志望校を否定し,親が受験させたい学校を受験させるなんてもっての外です。

チャレンジしてダメだったときの心の傷は時間が癒やしてくれます

しかし納得できるだけの理由がなくチャレンジさせてもらえなかったときの心の傷は、時間が癒やしてくれるどころか時間とともに憎悪となって増大します。

なぜそんなことが言えるのか。

なぜなら、私がその被害者だからです。

私は未だにその時のショックを引きずっています。

もう30年以上も前のことなのに、未だに完全に立ち直ることはできません。人格形成にも影響を与えていると考えています。

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三者面談の場で急に大反対

当時、私はその地区の公立トップ校を第一志望に、滑り止めの私立高校は「公立に落ちたときは手に職をつけよう」と考え、普通科ではなく食物科を受験しようと考えていました。

そのことは親にずっと言い続けており、親も応援してくれているとばっかり思っていました。

ところが、受験校を決める1月の三者面談のときのことです。

公立はA校ではなくB校(地区2番手校)を受けさせます。滑り止めもC校の食物科ではなくD校の普通科でお願いします

と母親は言いました。

私は頭が真っ白になりましたよ。今までの努力は何だったのかと。

それに対して担任も賛成しやがって。

先生

そうですねA校はギリギリでそのときのテストが勝負ですが,B校なら余裕ですしね

あまりのショックで、三者面談で自分がどう反応していたのか全く覚えていません。

受験校が私の行きたい学校にはなりませんでした。

わしは中卒でバカでぼんくらだけど,お前は頭がいいからいい学校に行ってちゃんとしたお給料が貰える仕事につけ

と口癖のように言っていた口が言うのかと失望したね。

ただ,家に帰ってから親に問いただしたところ、

女の子がそんないい学校に行く必要はない。お嫁にいけなくなる

とだけ,母親は答えました。

とにかく親に裏切られたことと、自分の描いていた将来の夢がいとも簡単に崩れたというショックが大きすぎて、もうね…

ショックのあまり食事が喉を通らない

というのは事実だということを身をもって知りましたよ。

家に帰ってから、ずっと机に突っぶして泣いていました。

ご飯に呼ばれても、本当に食欲がなかったので反応もしませんでした。

私がハンガーストライキのような状態になったことで、滑り止めの私立はC校に変えてもらえましたが、第一志望の公立はB校から変えてもらえませんでした。

親にとって、私の将来の夢って、何だったんだろう‥。

次の日、真っ赤な目をして学校に行ったことは覚えています。

1週間ぐらい、家ではずっと泣いていました。

受験の最終追い込みにもかかわらず勉強なんて全く手がつけられません。

問題集も片付けてしまいました。

私の学力ならB校は余裕で受かる自信があったこともあり、受験勉強する意味を完全に見失っていました。

結局B校を受験し余裕で受かり,B校に行くことになりました。

つまらない高校生活

それなりに友人もできて、傍から見たら高校生活をエンジョイしているように見えたことでしょう。

しかし実際には、行きたくもない高校に行ったわけですから、勉強するモチベーションが上がりません。

勉強しなくなりました

授業中もよく寝ていました。

課題も気が向いたものはやりますが、未提出のことが多かったです。

それでもトップクラスを維持しているので、先生からは何も文句を言われませんでした。

部活も頑張る意欲がわかず、すぐに幽霊部員になりました。

もともと中学はその競技の強豪校だったので、特に練習していなくてもレギュラーをキープしていました。

本当につまらない高校生活でした。

母親と顔を合わせたくなかったので生活時間をずらし、母親が起きている時間は寝て、家族が寝てから起きて活動していました。

ふてくされていましたね。

今思えば、グレたり不登校になったりしなかったのが不思議なくらいです。

後悔先に立たず

1年の2学期にもなると、ようやく親は「なにかおかしい」ということに気づきます。

行きたくもない高校に行かされているわけですから、嫌々行っているのが良くないことにやっと気づいたようです。

この状況をなんとかしなければと、中学教師をしている伯父に相談に行き、こっぴどく叱られたようです。

本人の意向を無視して、親が通わせたいだけの学校に行かせたことをやっと後悔してくれたようです。

A校を受けさせてやればよかったと、やっと後悔したようです。

ですが時すでに遅し。

そんなことは後の祭り。私の人生を返してほしいです。

中学教師の伯父から2時間に及ぶ説教を受けて、やっと私は勉強をする気にはなりました。

でもね、大学受験でも直前に親にまた裏切られるんじゃないかという気持ちが心の奥底であるわけですよ。

本気で勉強していたかどうかと言われると、「否」と答えます。

自分の娘には本人の行きたい学校を

そんな母親とは絶縁状態となり、そんな母は今はもう故人です。

私には娘が生まれ、受験期を迎えました。

自分自身の経験から、

将来自分に子供が生まれたら、絶対に(子供が行きたいと思っている志望校を)反対しない。ダメ元と言われようとチャレンジだけはさせる。今の時代、女の子だから…なんて誰にも言わせない。

と誓っていましたし、実際にそうしました。

娘から志望校を聞いたとき、30年も昔のことが突如フラッシュバックし、娘が受験を終えるまでしばしばフラッシュバックが起こって涙する日もあり、苦しみました。

忘れているようで忘れていないものです。

娘には涙を見せたくないと、こっそりと泣いていました。

その時の母と同じ立場になれば、その時の母の気持ちが理解できるかもしれないと思った時もありましたが、やはり全く理解できませんし、許せません

当時の娘の成績では到底ムリな学校でした。でも反対はしません。

一緒にその学校について調べ、一日体験入学や体験授業を通し、その学校へ行くことのメリットとデメリットをよく考えた上で、やはりそこへ行きたいと思ったのなら、その学校が娘が行くべき学校だと言って、娘を応援しました。

自分が本当に行きたい学校だと思ったのなら、そのための受験勉強は頑張れるし、入学したあとの勉強だって一生懸命できるはずだから…。

現在娘は、その志望校に合格し、毎日学校が楽しいといって、勉強も部活も楽しくやっているようです。

まとめ

私の体験談に過ぎませんが、やはり子供の人生を親が決めてはいけません。

あれ以来、私の性格はどこかねじれてしまったのではないかと感じることがありますし、自分の足で、自分の責任で人生を歩んでいる気がしません。

信じていた人からの裏切りは、人間不信を生み出します。

自分の子には自分の意思で、自分の足で、幸せな自分の人生を切り開いて行ってもらいたいと願っています。

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